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世界金融危機以来の米国の長期金利の「ターミナル5」とは?

執筆者の写真: 山木戸啓治山木戸啓治

更新日:2024年5月12日

 米国10年国債市場金利の推移

米国の長期金利は、世界の金融市場の物差しとされます。その動向は米国の債券市場にとどまらず、世界の株式や為替など様々な市場に影響を与えます。米国の長期金利市場の動向は、日本の長期金利や米ドル円為替市場に大きな影響を与えますので常に注目すべきと考えられます。
米国10年国債市場金利

 米国の長期金利は、世界の金融市場の物差しとされます。その動向は米国の債券市場にとどまらず、世界の株式や為替など様々な市場に影響を与えます。米国の長期金利市場の動向は、日本の長期金利や米ドル円為替市場に大きな影響を与えますので常に注目すべきと考えられます。

 2023年10月には、米国の長期金利の指標となる10年国債金利が「ターミナル5」と呼ばれる5%に接近しました。2007年のサブプライローン問題に端を発する世界金融危機以来の16年ぶりとなる高水準を付けました。米国の長期金利の利上げ局面における最高到達点と想定される金利水準を「ターミナル5」と表現しています。 

 長期金利と株式の長期的な関係からすると、5%付近にある長期金利が上昇することは、株式にはマイナスとなります。米国のハイテク企業の業績は堅調を維持していますが、高いバリュエーションを正当化できない程度に長期金利が上昇しています。

 年金基金などの長期の債券投資家の立場からすると、安全資産とされる米国10年国債の5%の利回りは魅力的と考えられます。米国10年国債金利の5%は、金融引き締めサイクルのターミナルレートと想定されています。2024年4月下旬までは、米国の労働市場やインフレ率の指標が上振れたことで、米国10年国債金利を押し上げていました。

 FRBは、2024年5月1日FOMCを開いて政策金利の据え置きを決めました。政策金利の誘導目標レンジを2001年以来の高水準である5.25-5.5%に6会合連続で据え置きました。金融は十分に引き締まった状態で、時間がたてば物価の押し下げ効果が浸透し、インフレ率は今年中に低下に転じるという認識です。FRBが高金利政策を続けるのは、米国経済が頑健であることの裏返しです。FRBは雇用最大化と長期的な2%のインフレ率の達成を引き続き目指しています。


量的引き締め(QT)

 FRBは2022年6月から国債などの保有資産を減らす量的引き締め(QT)を進めています。FRBは現在の7兆4000億ドルの保有資産をどこまで圧縮しようと考えているのでしょうか。

 FRBの保有資産

FRBは2022年6月から量的引き締め(QT)を進めています。FRBは現在の7兆4000億ドルの保有資産をどこまで圧縮しようと考えているのでしょうか。
FRBの保有資産

(出典)Recent balance sheet trends Selected Asset of the Federal Reserve

 米国債とエージェンシーローン担保証券(注1)償還に伴う保有証券を減少させるペースを、徐々に増やしてきました。

(注1)エージェンシーローン担保証券とは、政府機関ジニーメイと政府系住宅金融会社が発行するもので、MBS(Mortgage Backed Security)と呼ばれます。

 現在の毎月のランオフ(注2)ペースは、国債の減額上限600億ドル、MBSの減額上限350億ドルでした。

(注2)国債およびMBSの償還に伴いポートフォリオの保有証券を自然に減少(run-off)させることをいいます。

 6月からFRBは米国債およびMBSの保有額を圧縮する量的引き締め(QT)のペースを緩めると決定しました。米国債のランオフのペースを、月間最大600億ドルから250億ドルへ引き下げます。

 米国債のランオフのペースが、引き下げられたことにより、FRBによる米国債の買い取り額が増えることになります。つまり、米国債の一般(民間)への発行規模が小さくなることを意味します。量的引き締め(QT)のペースを減速させることは、短期市場金利への圧力の緩和などを図った措置です。これを受けて米国10年国債の金利の上昇が止まりました。10年国債の利回りに下押し圧力をかけ、5%に向けて上昇するリスクを軽減するという効果をもたらすとしています。

 MBSの毎月のランオフのペースは、現状の350億ドルを維持します。この上限を超える元本償還分については、米国債に再投資するとしていますMBSの償還元本が現在月額約150億ドルであることから、ランオフに伴う保有資産の減少幅は、全体で月額約400億ドルになります。ランオフのペースを減速するからといって、FRBの保有資産の最終的な圧縮幅が小さくなるわけではありません。最終的な水準に向かって、より緩やかに近づける措置と説明しています。

 パウエル議長は「縮小ペースを減速させることにより、市場混乱のリスクを軽減することが可能となる。縮小ペースの減速でバランスシートの最終的な規模に『より緩やかに』到達できる」と説明しています。過剰なマネーを市場から吸収する際に、起きうる市場混乱を未然に防ぐのが狙いで、金融引き締めを緩める意図はないとしています。


金利はあらゆる金融商品に投資する際の物差しです

 金利の上昇は、将来に向けて想定される利益見通しを、現在の経済的価値に換算する割引率(注3)を押し上げます。

(注3)将来に向けて獲得できると予想される収益や現金などの価値を、現在の価値に換算するために、割り引く際の係数の値です。現在の現金や収益を将来の価値で計算する際には、金利は利率と呼ばれ、収益率は利回りと呼ばれますが、将来の収益や現金を現在の価値に換算する際には割引率と呼ばれます。

 理論株価は将来にわたって生み出される利益のすべてを、一定の割引率を使って現在の経済価値に換算した価額です。金利の上昇、あるいは高止まりは、特に高い利益成長率を株価に織り込んでいるハイテク株に逆風になります。

 利益成長期待の高い企業では、企業の稼ぎ出す現金収支(注4)は、将来になるほど大きくなると予想して見積もられています。

(注4)主に企業の営業活動や財務活動によって、実際に得られた収入から、投資活動などによる外部への支出を差し引いて、手元に残る資金の流れのことを指します。

 利益成長期待の高い企業は、成長が促進することにより、将来へ向けて稼ぎ出す現金収支が、持続的に大きくなると評価されています。株価は将来における、現金収支の現在価値(注5)の総和と考えられます。利益成長期待が高ければ高いほど、将来の現金収支が増加する予想に基づいて、株価は上昇する傾向にあります。

(注5)将来受け取れると見込まれる現金収支(キャッシュフロー)が、今現在はいくらの価値を持つかを表します。

 金利が低い時期は、将来へ向けての持続的な成長が、企業価値に大きく反映されるため、利益成長期待の高い企業の株価ほど上昇する傾向にあります。ところが、一転金利が上昇すると、企業が稼ぎ出す現金収支を、現在価値に割り引く際の割引率も上昇します。上昇した割引率で割り引かれることになれば、現在価値は小さくなり理論株価は下落します。    特に、政策金利が大幅に引き上げられた局面では、悪影響は大きくなりがちです。2022年3月から計5.25%の政策金利の引き上げは、1980年代以降で最速のペースです。その効果はまだ十分浸透しておらず、追加引き締めは今後、経済を冷やしすぎるリスクを伴うことも考えられます。

 2024年後半にも予想される政策金利の引き下げは、将来利益を現在の経済価値に換算する際の割引率を押し下げることになります。現在の経済価値に換算する際の割引率が低下すると、株価には追い風になります。

 

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